デジタル記念館慰安婦問題とアジア女性基金
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 「慰安婦」訴訟の経緯

 1991年を皮切りに、アジア女性基金が償い事業を行った韓国、フィリピン、台湾の元慰安婦が原告となった訴訟が次々と始まりました。いずれも東京高裁、最高裁へと進みましたが、最終的に補償の請求は退けられました。
 
  1. アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求訴訟 1991年提訴
      訴状 1991年12月6日
      高裁判決 2003年7月22日
      最高裁判決 2004年11月29日
     
  2. フィリピン「従軍慰安婦」国家補償請求訴訟 1993年提訴
      訴状 1993年4月2日 
      高裁判決 2002年1月6日 
      最高裁判決 2003年12月25日   
     
  3. 台湾元「慰安婦」損害賠償・謝罪請求訴訟 1999年提訴
      訴状 1999年7月14日
      高裁判決 2004年2月9日
      最高裁判決 2005年2月25日

 上記のほか、オランダの元慰安婦、中国の元慰安婦らも提訴しています。

訴訟の権利を失うという風説
 途中、アジア女性基金の償い事業を受け入れれば日本政府に提訴する権利を失うという誤った話が流布し、多くの被害者がこれを信じていた時期がありました。
 基金がこの説を強く否定したところ、裁判を支援する団体は、「日本政府の認識を書面にして示して欲しい」と主張しました。基金はこの要求を受けて書面(全文はこちら)を団体に宛てて発出、新聞広告等にも入れて公開するなど、被害者の誤解を取り除く努力をしました。  
 

 

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