アジア女性基金設立5周年活動報告 2000(平成12)年9月1日
アジア女性基金
「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)は、いわゆる従軍慰安婦問題に関して、道義的な責任を痛感した政府の決定に基づいて、政府と国民が協力して、元「慰安婦」の方々に対する全国民的な償いの気持ちを表すための事業と、女性をめぐる今日的な問題の解決のための事業を推進するとの趣旨で発足いたしました。
1995年7月19日の発足以来、5年を経過し、この間基金にはさまざまな批判も寄せられました。基金のたどった道には、単に「国家補償是か非か」にとどまらない多くの困難がありました。しかし、拠金者の皆様、国民各界の方々のご声援、関係省庁の担当者のご協力によって、基金は今日まで事業を進め、基本的な成果
を得たと申せます。
償いの事業内容
アジア女性基金の償いの事業は、今日までにフィリピン、韓国、台湾において170名、さらに、オランダにおいては、償い事業の一環の医療福祉支援事業を通じて77名、計247名の元「慰安婦」の方々に対して実施されました。また、インドネシアでは、「高齢者社会福祉推進事業」を行っております。
フィリピン、韓国、台湾の元「慰安婦」の方々お一人お一人に対しては、償いの事業を実施する際、総理大臣のおわびの手紙が渡されます。そこには「いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」と認識し、「道義的な責任を痛感しつつ」、「数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた」すべての元「慰安婦」の方々に対し、「心からのおわびと反省の気持ちを申し上げる」ことが日本国内閣総理大臣の名において表明されています。
償いの事業においては、第一に、元「慰安婦」の方々に対するおわびと反省の気持ちを分かち持つ国民から基金に寄せていただいた募金から、「償い金」200万円を元「慰安婦」の方々にお渡ししています。募金は現在まで総額約4億4800万円に達しています。「償い金」のお渡しはフィリピン、韓国、台湾で170名に実施され、3億4000万円が支出されました。残金は約1億800万円となっています。
第二に、政府は、おわびと反省の気持ちを表すために、元「慰安婦」のお一人お一人に対して、アジア女性基金を通じて、政府資金による医療・福祉支援事業を行っています。その規模は、各国・地域の物価水準を勘案して決められました。韓国・台湾・オランダで300万円相当、フィリピンでは120万円相当となっています。具体的には、住宅改善、介護サービス、医療・医薬品補助等、元「慰安婦」個々人の実情と希望を配慮し実施しています。
これに前述の総理のおわびの手紙を加えたものが償いの事業の三つの柱です。
各国別実施状況
各国別の事業についてご報告します。
フィリピンでは、有力な女性団体であるリラ・ピリピーナと女性の人権のためのアジア・センターの支援を受けて提出された申請書を、フィリピン政府タスクフォース(フィリピン政府の各省庁で構成された「慰安婦」問題特別委員会)が審査します。その結果、元「慰安婦」と認定された方に基金が「償い金」をお渡しし、併せて、社会福祉開発省を通して医療・福祉支援事業を実施しております。申請は順調で、認定は現在も進行中です。現在160名近い申請者が認定の過程にあり、約一年後に迫った申請締め切りの2001年8月までには、さらに申請が増加するものと思われます。
韓国では、元「慰安婦」と行動をともにしてきた運動団体やマスコミからご理解がいただけず、1997年1月に申請を出された7名の方々に事業を実施した後も、基金への批判が寄せられました。そこで一時、事業を見合わせていましたが、1998年1月韓国の4紙に広告を掲載して事業の再開に踏み切りました。その後韓国政府が生活支援金を出されましたので、原文兵衛前理事長名で、基金の「償い金」と韓国政府の生活支援金は性格が違うものであり、したがって両立できるものであることを認めてほしいと申し入れました。その後さまざまな交渉と経過の後に、韓国の政府と世論に配慮して、現在では韓国での事業は停止状態にあります。基金事業につき理解を得られるように引き続き努力していきたいと思います。
台湾でも、台湾当局や有力な女性団体にご理解がいただけないまま、元「慰安婦」個々人の気持ちを尊重すべきだという弁護士浩敏氏にご協力をいただき、氏の萬國法律事務所を申請の受付先に指定して、1997年5月台湾の3紙に広告を掲載し事業を行っております。以後、毎年1回、台湾各紙に、一人でも多くの被害者に基金の事業についての情報を提供し、また、一般の人々にも事業の内容、性質を正確に理解してもらうことを目的として、広告の掲載を続けています。
基金の償いの事業を受け入れた元「慰安婦」の方々は、それぞれ深い思いをもっておられます。
ある韓国人被害者は、基金の事業を受け入れることを決められましたが、当初は基金の関係者には会いたくないという態度を示されていました。しかし、基金の代表が総理の手紙を朗読すると声をあげて泣き崩れ、基金の代表と抱き合って泣き続けて、自分の「慰安婦」としての経験や帰国後の苦しみなどを語り出されました。日本政府と国民のおわびと償いの気持ちはしっかりと受け止めていただけたと考えております。
オランダでは、1998年7月15日、基金とオランダ事業実施委員会との間で覚書を締結し、総額2億5500万円の規模で、医療・福祉支援事業が実施されました。被害者の77名の方々が受け取られ、事業はほぼ終了しています。
内閣総理大臣はオランダの首相に宛てた書簡を送り、「慰安婦」とされた方々に対する日本政府のおわびと反省を表明しました。この書簡はその後、被害者お一人お一人に届けられました。これを受け取った被害者の方々から、いろいろな感謝の言葉が事業実施委員会に寄せられました。その中のお一人からの手紙をご紹介します。
「あなたが私のためにして下さり、これからもして下さるすべてのことに対してお礼を申し上げます。この金銭的な補償だけでなく、15歳の少女であった私が受けたあの悲惨さのすべてが認められたことに対してです。そのことが、いもまなお口を開けていて、それをかかえて生きていくことに耐えてきたあの傷の痛みを和らげてくれます。」
インドネシアでは、同政府が元「慰安婦」の方々の認定を行わないとして、元「慰安婦」個人に対する事業ではなく、「高齢者社会福祉推進事業」への支援を受けたいと日本政府に申し入れました。基金は日本政府の要請を受けて、1997年3月25日、インドネシア政府社会省との間で覚書を締結し、総額3億8000万円の規模で10年間にわたり支援を行うことになりました。初年度と第2年度の事業として11の施設が完成し、現在124名が入居しておられます。
歴史の教訓とする事業
歴史の教訓とする事業は、基金の「償いの事業」と密接不可分な事業、その柱の一つとして構想されました。
まず第一は、「慰安婦」関係文献の書誌データの整備です。1997年9年に『「慰安婦」関係文献目録』が出版されました。その後この内容はデータベース化され、基金のホームページでアクセスできるようになっています(www.awf.or.jp)。第二に、政府が調査して集めた「慰安婦」関係の資料を影印本として公刊しました。1997年3月から1997年7月にかけて刊行された『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』全5巻です。第三に、「慰安婦」関係資料委員会を設置し、96年、97年、98年において、委員の出張および研究委託により、防衛研究所の金原文書の調査、沖縄県所蔵の資料調査、インドネシア、ミクロネシアでの聞き取り調査、アメリカ、オランダ、ドイツ、台湾の公文書館での調査を行ないました。これらの調査報告をふくめ、1999年2月に『「慰安婦」問題調査報告・1999』を刊行しました。これらの刊行物は国内および関係国の公共図書館に配布され、関係方面から高く評価されています。
今日的な女性問題への取り組み
なお、アジア女性基金は、歴史の反省を踏まえ、現在も女性に対する暴力や人権侵害が世界の各地で一向に減少しない実態について、積極的にこれらの問題に取り組み、女性たちへの暴力や人権侵害のない社会をめざすため、さまざまな事業を行っております。
この5年間に、ドメスティック・バイオレンス(DV)、人身売買、援助交際、紛争下の女性の人権、司法と女性等の問題を取り上げ、内外のNGOや専門家との共同作業や、自治体また国連やその他の国際機関と協力しながら、国際会議や調査・研究・研修等を行ってきました。
これらの事業の積み重ねを実際に役立つものとするため、報告書作成や教育・啓発のためのビデオ制作を行い、市民団体、自治体や女性たちの活動に利用していただいております。また、問題に直面し、被害にあっている女性の救済や援助のための能力を高めることを目的とした研修も行ってきました。
アジア女性基金の尊厳事業では、特に、被害者の立場からの問題の認識と解決を重要視しています。当初、この事業も「なぜ基金が」と一部のNGOからご理解をいただけなかったのですが、5年間の活動を経て着実に受け入れられ、その意義が認められつつあると考えております。
基金の願い
こうして政府と国民の協力によって、アジア女性基金は、元「慰安婦」の方々に対して全国民的な償いの気持ちを表す事業と、今日的な女性の問題に取り組む尊厳事業を推進してきました。基金としては、これらの事業が元「慰安婦」の方々の名誉の回復に資し、また、被害を受けたすべての女性の支えや自立の一助となることを願うものです。償いの事業を受け取られたすべての方々が社会的認知を得られるよう、基金としてもそのために全力を尽くしたいと考えております。
さらに、今日的な女性問題にかかわる事業について、これまでも多くの研究者、自治体、マスコミ、政府、国際機関、NGO等の協力をいただいていますが、いっそうの協力関係が実現できるよう希望しております。
アジア女性基金の償いの事業は完了しておりません。被害を受けられた方々、関係政府、当局、市民の皆様の一層のご理解をお願いする次第です。事業が停止している国においては、政府と関係団体のご理解を得て事業を再開できることを願っております。
財団法人女性のためのアジア平和国民基金 |